








N労新聞第1002号(2026.4.25)8面退職者の会「ひろがりネット」
ローカル通信(沖縄県支部協)掲載
2026、3.12(木)11:30
小雨降りしきる中、ジョン万次郎上陸の地、糸満市大渡浜海岸へむかった。
現地についた小さな浜である、ここからジョン万次郎一行は上陸し番人に
那覇に護送され徒歩で小録番所へ向かったが当時の政治的事情
(那覇に居住していた外国人との接触を避けるため)で
小録番所手前から引き返し豊見城間切翁長村の高安家に約半年間留め置かれる
事となった(当時の宿道は現在も残る)
1851年(嘉永4年1月3日)から7月某日までの行政記録が
琉球王朝尚家承継古文書492号「土佐人漂着日記」である。
(豊見城市HPで閲覧及びPDFファイル印刷可)
大渡浜海岸の上陸地点に立った時「ここから日本の歴史が動いたのか!」と
感無量。
後ろを振り向くと既に万次郎一行は宿道への道を駆け上がっていくのが見えた。
ジョン万次郎が生きた時代は産業革命以降世界に帝国主義がはびこり
欧米列強の勢力拡大と日本の開国時期が重なっている動乱の幕末の時代であった
(琉球王国もまた統治末期の混迷の中にある)
中国、インドがなかば植民地化されていく中でジョン万次郎
(中濱万次郎)はペリーの真の目的は日本と戦争することでも植民地化する
ことでもなく捕鯨基地の確保にある事を看破する決して歴史の表舞台に立つ
事はなかったが当時唯一のネイティブな英語を話せる国際人の本領を発揮し
最先端の航海術、造船技術の解説書を翻訳し日本の造船業の発展に大きく
寄与し国際化実現の影の功労者であった。
土佐といえば坂本竜馬だけが目立っているが実のところ
ジョン万次郎が最高なのだ。
参考:N労新聞第1002号8面退職者の会ひろがりネット・ローカル通信
日本と世界の架け橋として活躍
”今こそジョン万次郎の世界的視野を”
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「豊見城市史だより14号」発刊のお知らせ(2020.6.18)
ジョン万次郎関係資料(10)
尚家継承古文書492号「土佐人漂着日記」
(解題と翻刻、現代語訳および脚注)
豊見城市教育委員会文化課


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